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東京高等裁判所 昭和59年(行ケ)58号 判決 1985年8月15日

原告

立松順一

被告

株式会社網野鉄工所

右当事者間の昭和59年(行ケ)第58号審決(特許無効審判の審決)取消請求事件につき、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1当事者の求めた裁判

原告訴訟代理人は、「特許庁が、同庁昭和48年審判第427号事件について、昭和58年12月12日にした審決は、取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求めた。

第2請求の原因

原告訴訟代理人は、本訴請求の原因として、次のとおり述べた。

1  特許庁における手続の経緯

被告は特許第654573号「型仕上及び予備試験用プレス」なる発明(昭和44年12月27日特許出願、昭和47年1月28日出願公告、同年7月31日特許登録。以下、「本件発明」という。)の特許権者として登録されている。原告は、昭和48年1月23日、本件発明につき、被告を被請求人として、特許を無効とする審判を請求し、特許庁昭和48年審判第427号事件として審理されたが、昭和58年12月12日、「本件審判の請求は成り立たない。」との審決があり、その謄本は昭和59年2月2日原告に送達された。

2  本件発明の要旨

上下動プレスにおける下部ボルスター(2)を油圧シリンダー(4)(4)'により適時前後に移動し得るように構成し、かつ上部ボルスター(9)は左右一対の油圧シリンダー(5)(5)'により上下動する摺動枠(8)(8)'間に支軸により180°往復回転せしめて適時上部ボルスターを反転し得るよう構成した型仕上及び予備試験用プレス。

3  本件審決の理由の要点

本件発明の要旨は、前項記載のとおりである。

本件発明は、塩川清二、網野廣之を発明者、被請求人(被告)を出願人として出願され、第1項記載の経緯で特許登録された。請求人(原告)は、本件特許の無効の審決を求める理由として、「本件発明は塩川清二、網野廣之の両名を発明者とし、その承継人であるとする被請求人(被告)を出願人として特許出願をし、第1項記載の経緯で登録がなされているが、右両名が発明をしたのではなく、請求人(原告)が単独で発明をしたのである。本件特許は、発明者でなく、特許を受ける権利を承継したのでもない者の出願に対してなされたのであるから、特許法第123条第4項の規定により無効とすべきものである。」旨主張し、被請求人(被告)は、「本件発明は、塩川清二、網野廣之の両名が発明したものであり、その特許を受ける権利を承継した被請求人(被告)が特許出願をしたのであつて、無効とされる筋合のものではない。」旨主張した。

よつて判断するに、本件公報(昭和47年特許出願公告第3178号公報)及びいずれも成立に争いのない甲第1号証(被請求人(被告)作成、見積書)(なお、本項における、同号証及び以下の書証番号は審判手続における書証番号による。)、第2号証(立松モールド工業株式会社作成、昭和45年度技術改善費補助金交付申請書)、第3号証(株式会社杉山鉄工所作成、横型セツチングマシン図面)、第7号証(足立政男作成、書面)、乙第1号証(被請求人(被告)と立松モールド株式会社との間の機械割賦販売並びに使用貸借契約書)、第2号証(被請求人(被告)作成、反転式ダイスポツター外形図)、第3号証(被請求人(被告)作成、ボルスター図面)、第4号証(被請求人(被告)作成、コラム図面)、第5号証(被請求人(被告)作成、アミノの反転式ダイスポツター説明書)、第8号証(被請求人(被告)作成、検収書)、第9号証(昭和47年特許出願公告第3174号公報)、第10号証(昭和47年特許出願公告第3175号公報)並びに請求人(原告)本人、被請求人(被告)会社代表者網野廣之各尋問の結果によれば、次の事実を認めることができる。

請求人(原告)は、プラスチツク金型を製造する従来の装置では作業がし易い高さに雄型と雌型とを2つ並べて比較、検討ができず作業性が悪いという欠点があつたので、昭和30年初期の頃から、この欠点を改善した装置があつたら良いと考えていたが、その後、射出成形で大形の製品ができるようになり大形の金型が要求されるようになつたので、同年代の半ば頃からは上記の欠点を改善した装置がどうしても必要であると感じるようになつた。そこで請求人(原告)は、昭和40年前後に、同業者で、地理的に近く、接触する機会もあつた株式会社杉山鉄工所に対し、前記の欠点を改善した機械を作ることができないかと相談したところ、同会社が、昭和42年7月3日作成の横型セツチングマシンの図面(甲第3号証)を提示したが、請求人(原告)は、同会社がプレスの専業メーカーでなく、機械を作るのには不適当と判断し、右のような相談をしただけで終わつた。その後、請求人(原告)の取引先会社(日本プラスト)の金型の発注業務担当者から情報を得て被請求人(被告)を知り、立松モールド工業株式会社事務所において、請求人(原告)は被請求人(被告)に対しプレス製作の依頼をした。その際請求人(原告)は、プラスチツク用の金型はプレスの金型と異なり、上型、下型をともにこするという作業、すなわち、ともずりという作業をしなければならないので、その時に作業性の良いプレス、すなわち、上型、下型が同一平面に並び、見比べやすくした金型作製用のプレスを作つてもらいたいと要求した。網野廣之は、請求人(原告)の右要求にしたがい、上型、下型を見比べることのできる横型のプレスにつき第1案と第2案を考え、図面を作成して請求人(原告)に提示した。この両案の原図を縮小したものが乙第9号証、第10号証の各添付図面である。第1案及び第2案はともに昭和44年8月16日特許出願し、第1案については昭和47年1月28日に昭和47年特許出願公告第3174号公報をもつて、第2案については同日、同年特許出願公告第3175号公報をもつて各出願公告された(乙第9、第10号証)。これら第1案、第2案は請求人(原告)の意にそうものではなかつたので、塩川清二、網野廣之は第3案を考えて請求人(原告)に提示したところ、諒承された。この第3案は、甲第1号証添付図面に示されたものに相当するものである。第3案については昭和44年12月27日特許出願し、昭和47年1月28日に同年特許出願公告第3178号公報をもつて出願公告された。これが、本件発明である。請求人(原告)は被請求人(被告)との打合わせの際、株式会社杉山鉄工所が昭和42年7月3日に作成した横型セツチングマシンの図面(甲第3号証)を参考のため提示したので、被請求人(被告)は昭和44年10月29日、見積書を作成し、請求人(原告)の注文を受けて、プレスの設計、製作に入つた。乙第2ないし第4号証はその時の図面であり、原図は被請求人(被告)が保管している。そして、請求人(原告)と被請求人(被告)との間に交わされた売買契約書は乙第1号証である。昭和45年に入つてから、被請求人(被告)は請求人(原告)から技術改善費補助金交付申請をするについて協力を求められたので、社判と代表者印を押した、見積金額を記入していない見積書及び設計図面を渡し、請求人(原告)は、これら書類を用いて昭和45年度技術改善費補助金申請書(甲第2号証)を作成し、昭和45年6月25日、名古屋通産局長星埜彦一宛提出した。完成した機械の公開試験は、被請求人(被告)のところで行われ、その時、被請求人(被告)作成のカタログ(乙第5号証)が配布され、請求人(原告)もこれを受け取つたが、このカタログには本件発明の実施品である50―50型反転式ダイスポツターが特許出願中であり、出願番号が、「44―104850」であることが記載されている。右公開試験の時、被請求人(被告)は、ユーザー、立松モールド工業株式会社に対し、敬意を表する文言を記載したパネルを提示した。完成した機械即ち、50×50tインジエクシヨン用トライ及びフイニツシングプレスは、昭和45年11月24日、立松モールド工業株式会社側立合者の舘光雄、被請求人(被告)側立合者の加島政芳が立合いのもとに、機械の運転検査の結果、検収が完了した(乙第8号証)。

なお、請求人(原告)は、網野廣之に対し、上型が180度反転し、同じ平面状に作業のしやすい状態に並ぶというプレスを作つてほしい旨の話をしたと供述しているが、請求人(原告)の他の供述及び乙第9、第10号証からみて、該供述は採用し難い。また、甲第7号証も、特別な事情がない限り、公開試験の時にパネルに掲示された文言をメモするとは考えられず、また、メモをとる特別の事情があつたとも認められないので採用し難い。

以上の認定によれば、請求人(原告)は、漠然と、プラスチツク金型を製造する従来の装置では作業し易い高さに雄型と雌型とを2つ並べて比較、検討できず、作業性が悪いという欠点があり、この欠点を改善した装置があつたら良いという考えをいだいていただけであり、また、被請求人(被告)にプレスの製作を依頼した時に、プラスチツク用の金型はプレスの金型と異なり、上型、下型をともにこするという作業、即ち、ともずりという作業をしなければならないので、その時に作業性のよいプレス、即ち、上型、下型が同一平面に並び、見比べやすくした金型作製用のプレスの製作を要求しただけである。本件発明は、前記認定したとおりのものであるから、前記のような考えをいだき、被請求人(被告)に前記のような要求をしたからといつて、請求人(原告)が本件発明をしたとすることはできない。むしろ、被請求人(被告)が請求人(原告)の要求する点を満たしうる本件発明をしたとするのが相当である。

してみれば、請求人(原告)の主張する理由によつて、本件特許を無効とすることはできない。

4  本件審決を取り消すべき事由

本件発明の発明者は原告であるのに、本件審決は事実を誤認し、原告が本件発明をしたとすることはできないとした点において判断を誤つた違法があるから、取り消されるべきである。すなわち、

本件発明の目的は、精密金型を迅速かつ安全に製作するところにある。ところで、本件発明の出願前に、本件発明の実施品と類似の製品として、例えば、西ドイツREIS社の製品(そのカタログが甲第10号証)や東芝機械株式会社の製品(そのカタログが甲第11号証)があり、右の西ドイツの製品は「下部ボルスターは前後に適時移動可能であるが上部ボルスターが90度しか反転せず、かつ、反転後は下部ボルスターと逆方向を向く」というもので、作業性及び安全性に欠陥があり、また、右の東芝の製品は「上部ボルスターが適時上下に移動し、180度反転は勿論360度回転も可能ではあるが、下部ボルスターが固定されている」というもので、そのため仕上作業、いわゆる、ともずり作業が非常に困難であるという欠点があり、更に右製品のいずれにも射出装置がない。本件発明は、右両製品にみられる、下部ボルスターの同一平面上における前後への移動及び上部ボルスターの上下への移動及び反転という構成と射出装置とを適当に組み合わせることにより、金型を移動することなく、プレスに取り付けたまま試作をくり返すことができ、かつ、金型を同一平面上に見開き状態において修正仕上のできるプレスとしたものである。このような構成をもつ本件発明を創作するに至つた経緯は、次のとおりである。

プラスチツク金型の大型化が進むなかで、金型仕上用プレスの改善は原告にとつて焦眉の急であり、原告は本件発明の出願前から数件のメーカーに、前記製品の前記のような欠点や本件発明の構成にすることの説明をし、原告の要望にかなうプレスの試作をはたらきかけていた。そのうちの1つに、昭和42年頃試作を依頼した杉山鉄工所があり、同所は同年7月3日設計図(甲第3号証)を作成し、その頃原告に示している。しかし同設計図は欠陥があつたので、話はそれ以上進展せず、昭和44年頃訴外日本プラスト社の営業社員の紹介で知つた被告会社を訪れ、同会社専務取締役網野廣之に対し、原告の要望するプレスの試作方を依頼した。当時、被告会社はプラスチツク金型については殆んど実績を有していなかつたので、原告は右網野廣之と被告会社の営業社員井出某を4ないし5回、原告が経営する立松モールド工業株式会社稲沢工場に呼んで協議を重ね、その際原告は、前記西ドイツ及び東芝の製品の機能と欠点を説明し、上型と下型が同一平面上に、作業しやすい状態に並ぶものであることが必要で、そのために、具体的には、上下移動型プレスの場合は上型が180度反転すること及び下型が前後に移動すること並びにこれと組み合わせるべき射出装置の機能及び具体的仕様について述べ、以上の機能を併せ持つたプレスを製作するよう指示して依頼した。かくして、被告会社では、右のような原告の発想と指示にしたがつて、そのつど設計図面を作成し、原告の指示を受けてこれに修正を加え、本件発明を完成するに至つたのである。右のように、本件発明は、原告がその発明者である。

被告会社が主張するところは、事実に反する。すなわち、ある機械が設計される場合には、通常、①テーマ、②アイデア、③仕様、④構造設計の過程があるところ、本件においては、そのうち、被告に「テーマ」を与えたのが原告であることは明らかであり、また、他メーカーのカタログや設計図を示したうえ上型の180度反転及び下型の前後移動と射出装置の組合わせに関し「アイデア」を与えたのも原告であり、しかして、原告及び前記立松モールド工業株式会社の専務取締役である舘光雄は機械の大きさ、射出装置の穴の位置、作動の内容(速度、金型の締め付け方法)、突出し装置(成型品の取出し装置)の位置、大きさ、締め付けに際しての加圧力の程度等、右機械を実用に供するについて必要な条件を仔細に指示し、この指示を受けるために、網野廣之が、再三、同会社に赴き、設計図の作成に当たつたのであるから、「仕様」についても専ら原告が行つたものであつて、「構造設計」だけが原告と被告会社との共同作業によるものである。なお、被告会社が独自に発明したのは180度反転に関するメカニズムのみである。原告から被告会社に対して示されたのは、ユーザーとしての希望の表明にすぎず、具体的な設計についての指示があつたという事実はない、という被告会社の主張は誤りである。

仮に、本件発明の発明者が原告(単独)ではないとしても、右に述べた経緯に照らして明らかなとおり、原告と被告会社との共同発明であつて、少なくとも被告会社が単独で発明をしたものではないから、本件審決は、被告会社が本件発明の発明者である旨認定した点において、結局、事実を誤認し、判断を誤つた違法がある。

第3被告の答弁

被告訴訟代理人は、請求の原因に対する答弁として、次のとおり述べた。

原告主張の事実中、本件に関する特許庁における手続の経緯、本件発明の要旨及び本件審決の理由の要点がいずれも原告主張のとおりであることは認めるが、本件審決を取り消すべき事由については争う。本件審決の認定ないし判断は正当であり、原告主張のような違法の点はない。

原告が、本件審決を取り消すべき事由として主張する事実のうち、本件発明の目的、西ドイツ及び東芝の各製品の説明(ただし射出装置がないとの点を除く。)については認めるが、その余は争う。両製品はいずれも射出装置を備えていた。また、西ドイツの製品は上部ボルスターの一辺をヒンジによつて支架し、このヒンジを中心軸として反転する構造であり、本件発明とは全く異なる。そして、昭和44年頃、被告会社は原告の経営する立松モールド工業株式会社から機械製作の依頼を受けて、被告会社の専務取締役である網野廣之らが立松モールド工業株式会社に赴いて打ち合わせを行つた際、当初、原告から被告会社側に対し、樹脂金型製作用の機械で上型と下型とが同一平面に並んで、見比べて作業ができるようなものを作つて欲しいとの要望は出されたものの、そのような要望を実現するための構造等に関する具体的な指示は一切なされなかつた。当時、被告会社は、プレス金型仕上げ機を主力製品とし、樹脂金型についてもこれに次ぐ実績を有し、また多数の発明を完成していたので、ユーザーとしての原告の希望にそつた機械を製作すべく、被告会社は機械設計の専門家である塩川清二と協力し、網野廣之が具体的な設計図面を作成して原告に提示した。これが、乙第9、第10号証(いずれも特許出願公告公報)に示されている図面と同じ内容の設計図面である。これらは、いずれも金型の両型面を同一平面に並列して見比べやすくした点で原告の前記要望にそつたものであつたのに、原告は右設計図面を諒とすることなく、さらに網野廣之に対し、他の方法を考えてくれとの指示をした。このため、被告会社側としては、右設計図面に基づき、網野廣之を発明者とする特許出願(乙第9、第10号証は、各その出願公告公報)をする一方、更に塩川の協力を得て新たな構造をもつ機械を創作し、昭和44年10月頃、その設計図面(甲第8号証見積書添付の図面の原図)を原告に提示したところ、原告はこれを諒承したため、被告会社は同月29日付で立松モールド工業株式会社に対し見積書(甲第8号証)を提出し、同会社から正式に注文を受けたのである。しかして、右見積書添付図面の原図に基づいて特許出願し、特許されたのが本件発明である。なお、原告から、株式会社杉山鉄工所作成の設計図面(甲第3号証)が被告会社側に示されたことがあるが、具体的設計の参考になる内容のものではなかつた。以上の経過から明らかなように、原告から被告会社に対して示されたのは、ユーザーとしての希望の表明にすぎないのであつて、被告会社の作成した設計図面により、その設計にかかる内容のうちの1つを、被告会社に注文すべき機械として選択したというにすぎず、まして本件発明をもつて原告が発明者であるとすることはできない。

しかして、原告と被告会社との共同発明である旨の主張もまた失当である。

第4証拠関係

証拠関係は、本件記録中の証拠目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

1  本件に関する特許庁における手続の経緯、本件発明の要旨及び本件審決の理由の要点についての原告主張の事実は、当事者間に争いがない。

2  そこで、本件審決を取り消すべき事由の有無について判断する。

1 特許庁における手続の経緯、本件発明の要旨並びに本件発明の目的、西ドイツ及び東芝の各製品の説明(ただし、射出装置がないとの点を除く。)についての原告主張の事実は当事者間に争いがなく、右争いのない事実に、いずれも成立に争いのない甲第2号証(本件特許公報)、第8号証(見積書)、第10号証(西ドイツの製品のカタログ)、第11号証(東芝の製品のカタログ)、乙第2ないし第4号証(いずれも設計図)、第9、第10号証(いずれも特許出願公告公報)、第11号証の2(原告本人尋問調書)(ただし、後記措信しない部分を除く)及び3(被告会社代表者尋問調書)に本件口頭弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実を認めることができる。

プラスチツク成型品の成形に必要な金型の製造販売を営む立松モールド工業株式会社では、成型品の大型化とともに大きな金型を製造することが必要となつていた昭和30年代初め頃、同会社の代表者である原告は、当時使用されていたプレスが、たとえば東芝株式会社の製品である金型は下型が動かずに上型が上昇していつて反転する装置になつているなど、金型の雄型と雌型とを作業の一番し易い同一平面の高さの位置に並べ、比較、検討しながら作業することができず、いわゆる擦り合わせの作業がしにくい欠点があつたので、作業能率、製品の精度や従業員の安全などを考えたうえ、右のような欠点を改善したプレスを新しく備え付けることが必要と考えるに至つた。そして、昭和42年頃、同業者の株式会社杉山鉄工所に対して、前記の欠点を改善した、原告の希望するプレスの製造方を相談したが、それ以上話はすすまないでいた。昭和44年になつて、立松モールド工業株式会社の取引先である日本プラストなる名称の会社の金型発注業務の担当者の話から、被告会社を知つた原告は、前記のような、自分の希望するプレスの製作を依頼すべく被告会社と折衝した。当時、被告会社は油圧プレスの製作を業務内容とし、金型の合わせ機の製作についてはかなりのシエアを保有していた。原告からの依頼についての原告側と被告会社側との打ち合わせは、被告会社方で、時には立松モールド工業株式会社方で、前後数回に及んだが、被告会社側は当時専務取締役であつた網野廣之(現在、代表取締役)が主として衝に当たり、ほかに設計事務所を開業していた塩川清二や被告会社従業員も同席した。原告は、この打ち合わせに際し、原告が考えていた前記のような製品の欠点を述べ、したがつて、プラスチツク成型品用の金型はいわゆるともずりなる作業をしなければならないので、上型が下型と平行に同一平面に並び、金型を見比べやすくしたプレスを製作してほしいと要望したが、しかしそれ以上に、希望する機械の構造等についての具体的な指示はしなかつた。そこで被告会社では、原告の要望を満たすべく案出したプレスを2種類、すなわち第1案、第2案につき設計図を作成して原告に提示したが、原告からは、その意にそわぬものとして拒絶するところとなつた。その際原告からは、拒絶の具体的な理由の指摘はなく、第1案、第2案ではだめだというにとどまり、「もつと他の方法を考えてこい」との指示であつた。そこで網野廣之は、右第1、第2案については同人を発明者かつ出願人として昭和44年8月16日に特許出願をするとともに、被告会社として更に検討を加えたうえ、第3案としてのプレスを創作し、その設計図(甲第8号証の見積書添付図面の原図)を作成して原告に提示したところ、原告はこれを意にそつたものとして諒承した。そこで被告会社では右設計図の写を添付した、昭和44年10月29日付見積書(甲第8号証)を作成して原告に交付し、これに基づく機械の製作の註文を立松モールド工業株式会社から得たので、右設計図に基づくプレスを製作した。そして、右設計図に基づく右第3案は、塩川清二、網野廣之を発明者とし、被告会社を出願人として昭和44年12月27日特許出願され、昭和47年7月31日特許登録された(この事実は、当事者間に争いがない。)のであつて、すなわち本件発明である。なお、第1案、第2案についても特許登録(乙第9、第10号証は各その特許出願公告公報)された。そして、被告会社は第3条の設計図につきさらに詳細な図面(乙第2ないし第4号証)を作成したが、それらは右設計図とともに被告会社に保管されている。

右のような事実を認めることができる。

2 前顕乙第11号証の2の記載中には、原告から網野廣之に対し上型が180度反転し同じ平面上に並ぶプレスを製作してほしいという点を含め本件発明のプレスの構造など製作について具体的指示を与えた旨の記載部分があるが、同記載部分は、前顕同号証の3の記載及び本件口頭弁論の全趣旨に照らし直ちに措信し難いところであり、成立に争いのない甲第7号証、前顕乙第11号証の2によれば原告としては甲第7号証(足立政男作成、書面)をもつて本件発明の発明者が原告である旨及び被告会社もそのことを承知しているものである旨強調しようとするもののようであるが、前顕乙第11号証の3の記載に照らして考えれば、甲第7号証をもつてしてもいまだ原告が本件発明の発明者であるとするに至らないし、成立に争いのない甲第3号証(株式会社杉山鉄工所作成、図面)も、前顕乙第11号証の2の記載に徴し、前記1の認定を左右するに足らず、他に1の認定を覆えすに足る証拠はない。

3  しかして、前記1の認定事実からすれば、本件発明は、プラスチツク金型を製造する装置について、原告が指摘する欠点を改善し、原告の希望するような作業をすることができるプレスについて特許されたものではあるが、原告は従来の装置(製品)の欠点を改善した装置(製品)の出現を希望し、その故に被告会社に対して、プラスチツク用の金型について上型と下型がぴつたり合つているかどうかという擦り合わせの作業、すなわち、ともずりなる作業をする必要上、上型と下型が同一平面に並び、見比べやすくした金型製造用プレスを製作して欲しいと要求したにとどまり、その要求をどのようにして実現するかの具体的構造はすべて網野廣之らその衝に当たつた者の創作にかかるものと解するのを相当とするのであり、すなわち、本件発明の発明者が原告であるとは断定し難いのである。

4  原告は、仮に、本件発明の発明者が原告(単独)ではないとしても、原告と被告会社との共同発明であつて、被告会社が単独で発明をしたものではないから、結局、本件審決は判断を誤つた旨主張するが、叙上認定の事実及び説示したところからすれば、本件発明が原告と被告会社との共同発明にかかるものであるとも認め難いので、原告の右主張は採用することができない。

5  以上のとおりであるから、原告が本件発明をしたとすることはできないとして、原告が本件発明をしたことの理由によつて本件特許を無効とすることはできないとした本件審決に違法の点はない。そして、原告の、前記仮定主張も理由がないので、結局、本件審決に、原告主張の違法はない。

3 よつて、本件審決の取消を求める原告の本訴請求は、理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第7条及び民事訴訟法第89条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(秋吉稔弘 竹田稔 濱崎浩一)

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